美忘録

羅列です

合宿

大学入学から早数か月、遂に大学の夏休みがやってきた。そう、全ての苦役から解放され己が欲望のままに酒池肉林の限りを尽くせる、人生で最も自由な日々が始まりを告げたのである。

 

だがしかし我々に与えられているのはあくまで「時間」のみである。真に有意義な夏休みを謳歌したいのなら、友人を増やす、バイトで稼ぐ、免許を取るなどといった主体的行動によって空白のカレンダーにせっせと赤丸を付けていく必要がある。結局大学の夏休みを価値あるものとして礼賛しているのはカレンダーが予定で埋まっている側の人間たちなのである。噫無情。

 

さて、私はといえば、カレンダーが埋まっていない側の人間の例に漏れず、毎日エアコンの効いた部屋で惰眠とフライドポテトLを貪り続けてはかけがえのない時間を無為の闇へとかなぐり捨てていた。dアニメの視聴履歴のみが虚しく積み重なり、カーテンの隙間から差し込む朝日は部屋に舞うホコリと混ざり合い一筋の光芒を作りだしていた。

 

そんな生活に辟易しながらも私は数日後に迫るあるイベントに一縷の望みを託していた。

 

そう、部活の合宿である。

 

オメッ、合宿っつたらお前よぉ、性が性を呼ぶ性欲の大祭典、日本酒をローション代わりに畳の上で朝まで盛り合う獣性解放イベントじゃねぇかよぉ、ヒッヒヒヒッ・・・

 

仄暗い部屋の隅で三角座りをしながら、その日が来るのを今か今かと待ち望んでいた。

 

さて当日がやってきた。行き先は長野に次ぐ陸の孤島ことグンマ―。こういう文明性から隔絶された未開地で叡智を養う合宿を敢行するの、貧民ひしめくスラム街をフェラーリで爆走するみたいな趣があってメッチャいいな。

 

宿泊先の旅館に着くと、いかにも旅館営んでますよみたいな風貌の老夫婦が我々の来訪を歓迎してくれた。

 

内部構造もまさに古き良き日本といった感じになっており、長野の実家に帰省したかのような錯覚さえ感じた。しかし天井の低さにだけはどうしても苦言を呈さねばならない。合宿の3日間だけで15回くらい引き戸の上部分のガーッってなる部分に頭をぶつけた。痛い。

 

1日目の夜はとにかく書いて書いて書きまくり、文章力を上げる特訓に全精神を集中させた。他には特に何もしていない。深夜3時半に大学群の名称で山手線ゲームをやったくらい。

 

あと、部活の女の子たちと顔合わせするのは今日が初だったんだけど、みんなメッチャ可愛くてビビった。こ、これが上智権益か・・・声優に例えると

 

さぁ2日目は遊んじゃうよ!

 

我々が向かったのは群馬の山中を穏やかに、静かに、しかし荘厳に流るる大河川、利根川。見よ!水面は青く輝いている!

 

正直川にはいい思い出がない。小学校時代には近所の友達と土手の石の防波堤を破壊してたら知らんオッサンに怒鳴られたし、中学校時代には岩場から川に飛び込んだら危うく溺れかけたし、高校時代には近所の川の画像をTwitterにアップしたら東京住みのフォロワーに「ここ人住めるのかよwwwwww」と煽られた。

 

だがしかし今の私は華の大学生。そんな苦い思い出と決別し、そろそろここらで川を受け入れるべきなのである。

 

去年の夏休みぶりに足を浸した川は、冷たかったが、しかし暖かかった。過去の確執を全てなかったことにしたくなるくらい、暖かかった。

 

そうか、本当は分かり合えるんだな・・・俺たち・・・

そんな感慨に浸りながら水面をパシャパシャと弾いたり石をひっぺがえして川底に佇む生命を観察したりした。

しばらくすると川遊びにも飽きてきたので石を対岸に投げる遊びをしていたらうっかり足を滑らせくるぶしを打撲した。クッソ痛かった。

もう二度と来ねーよこんな川!死ね!

 

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ちなみにこれは川とは全く関係の無い群馬のコンビニの画像です。

 

あまりにもくるぶしが痛すぎてその後何のイベントがあったのかほとんど記憶していない。肉を食った記憶と同室の友人が全員寝てしまったので仕方なく温泉前のマッサージチェアに3時間ほど居座って筋肉痛になった記憶しかない。

 

3日目は連日の徹夜が祟って元気半減、抜け殻のような状態でなんとか編集会議を乗り切り、無事全ての日程を片づけた。

 

高速バスで新宿に戻ると、纏わりつくような熱気と都会の喧騒がぶわっと一挙に押し寄せ、私の日常は再び回り始めた。やはり私にはこっちの空気の方が本性的に合っている気がする。や、田舎コンプとかじゃねぇーから!

 

帰りの丸ノ内線の中、足元のキャリーバッグに目を落としていると、不意に合宿中の様々な思い出が去来した。ああ、なんだかんだで楽しかったな・・・

 

3日ぶりに戻ってきた自室は相変わらず空き巣にやられた後のように汚かった。飲みかけのペットボトルが何とも形容しがたい色に変色していた。

 

急に全てがどうでもよくなり、私はそのまま深い眠りに落ちた。

 

意識が途切れる直前、そういえばお土産を買ってないことを思い出したが、それと同時にお土産を私ほど親密な相手がいないことも思い出した。鬱。

金と服

「世の中金」という言葉がこうも人口に膾炙しているということは、つまり多くの人間が少なからず金の必要性を実感したことの証左である。かくいう私もその一人であり、暇さえあれば金をよこせと高円寺の空に嘆願する始末である。

 

私は生粋の守銭奴だ。友人の買ってきた菓子類は食い散らかしても自分で買ってきたものは決して渡さないし、大学のWi-Fiでアニメを見たいし、全ての成城石井を破壊して西友を建てたい。そういう人間である。

 

そんな私が、遂に、遂に、衣服に手を出した。

 

私はこれまで自分の服装について数えきれないほどの罵詈雑言を浴びせられてきた。何を着ようがキモい死ね以外の評価を得られず終ぞ服装に関する自己肯定感は地の底に沈みクローゼットはユニクロしまむらで溢れた。

 

そうするうちに月日は飛ぶように過ぎてゆき、私の大学生活が幕を開けてしまった。

 

つまり、制服に身をやつすことで衣服のセンスのなさを韜晦する大義名分を失ってしまったのだ。制服という鎧を奪われた私はまさに俎上の魚、まな板の上の鯛、絶体絶命で孤立無援の四面楚歌状態である。

 

そのうえ私の進学先は慶應・立教・青山と並びオシャレ大学としてそのブランドを遺憾なく発揮する上智大学様である。上下3000円にも満たないしまむらファッションで登校しようものなら女子御三家卒のお嬢様のハイヒールが私の眼窩を容赦なく貫くだろう。ご褒美じゃん。

 

そういうわけで私は大学側に殺されないためにも遂に衣服の購入を決意したわけである。

 

とはいえ一口に「服」といってもその選択肢は遊戯王のカードプールくらい広大である。一歩間違えようものならまたスクールカースト最底辺を彷徨う憂き目に遭ってしまう。

 

そこで私は後輩の女子高生に判断を仰ぎ、この世界にはwegoというブランドが存在することを初めて知った。女子高生すごい。女子高生はみなこうも衣服のブランドに精通しているのだろうか。「お前が知らなすぎるだけ」だと?なんだ貴様、殺すぞ。

 

炎天下の山手線を新宿から数駅、「そこ」はその日も人でごった返していた。狭すぎるホームに見合わない人の量、アバンギャルドな髪形の通行人、そう、ここは原宿駅、若者の聖地。

 

人波に押し流されながらもなんとかwegoにたどり着いた私は件の女子高生におすすめされた商品をポンポンとカゴにブチ込みそのままレジへ直行。8000円取られた。高いね服って。金が欲しいよ。

 

その後は適当に表参道をブラブラ歩き回いてブルジョアジーと私の生活水準の違いをまざまざと見せつけられて精神が摩耗したり竹下通りを散策してパフェを食らう女は全員死んだほうがいいと怒りに打ち震えたりと紆余曲折ありながらも何とか高円寺に舞い戻ってきた。

 

高円寺でも服を買った。8000円取られた。バカかな?

 

そうして16000円の尊い犠牲を払うことで私は大学で生きる権利を貰った。これで私も夏を乗り切れるだろう。そう思い買ってきた衣服を身に纏った写真をSNSにアップしたところ一瞬にして怒涛の罵詈雑言リプが多数飛来した。

 

私の夏は今年も始まる間に終わりそうである。誰か助けてくれ。

夏に敗れた男

東京の夏をあまりにも軽視していた。飯田も東京もさほど緯度が変わらないから平気だろうとタカを括り、あまつさえ炎天下の四谷に単身突撃した己が愚かさを心から恨んだ。

 

その日は2限スタートであった。爽涼たる11号館にて一切の暑さから逃れながらフランス語単語をセコセコと頭に叩き入れていた。

 

なんと快適なのだろう、文明の利器とはかくも素晴らしいものだったか。冷房がない時代に生まれた人間はさぞかし苦しみに悶えながら生きてきたことだろうと空想上の先人に想いを馳せながら何一つ不自由のない2限を過ごした。

 

異変が起きたのは昼休みに入ってからである。

 

学科の友人らといつも通りの他愛のない会話に無理やり花を咲かせていると、ふと脳の底から鼓動を打つような痛みが頭の中を逡巡した。

 

これはヤベェなと直感した。放っておいたらサルトルの主著名みたいな行為に及んでしまう可能性があった。つまり、その、ゲロである。

 

私の行動は迅速だった。速やかに3限を切る選択をし、よろめきながらホフマンホール2階のメディカルセンターに向かった。

 

ベットに横になった瞬間、安堵とともに眩暈と頭痛と吐き気が一気に去来し、私は約10年ぶりに嘔吐した。オエーーーッッッ!!!(AA略)

 

嘔吐した旨をメディカルセンターの看護婦に伝えると、我々が提供できる医療技術ではもはや貴方を救うことはできないと死刑宣告を受け、猛暑の四ツ谷を徒歩で病院まで歩くよう促された。オイオイオイ死ぬわ因果。

 

生ける屍のごとく重い足取り、蒼白な顔面のまま必死の思いで辿り着いた四ツ谷の病院にて私は衝撃の宣告を受けた。

 

「点滴、しましょうか」

 

魔剤?

 

私は根っからのレイシストである。従って点滴というのは精神が摩耗しきった精神異常者やメンヘラが受ける施術であると信じてやまなかった。そして点滴を甘んじて受け入れることは即ち私自身の健全性の否定に直結してしまうと、そう確信していた。

 

「て、点滴なんて…そんな…」

 

私はこんなところで「メンヘラ」になってしまうのか。こんなところで敗北していいのか。様々な葛藤が頭の中を逡巡し、そしてついに私はその場で倒れてしまった。

 

(全部嘘だしメッチャ久しぶりの点滴にワクワクしました😇)

 

しかし地獄はまさにこの先にあった。

 

何はともあれ、点滴の仕組みを想像して欲しい。

 

そう、薬品を体内に直接送り込むために腕に針を刺すのである。

 

しかし考えてもみてほしい。こんな残虐な医療方法が未だかつてあっただろうか。ナチスの医者も恐れおののく極悪非道っぷりではないか。

 

少しでも腕を動かせば、この針は、私の皮膚を、血管を、容赦なく屠るだろうという恐怖感。そしてそれは薬品が切れるまでの30分間続く…

 

あんまりだ…あんまりじゃあないか…こんなのは…

 

悠久にも等しい30分を乗り越えた私は挨拶もそこそこに病院から追い出された。依然として体は重く、吐き気は治らない。

 

あぁ、俺はこのまま死ぬのだろうか。丸ノ内線の涼しい車内で、私は眠りに落ちた。

 

うたた寝から冷めた頃には既に東高円寺駅を通過していた。

 

どういうわけだかさっきまで身体中をのたうち回っていた倦怠感は綺麗さっぱり抜けきっており、空腹感さえ覚えるほどであった。

 

すごい、これが点滴の力か。点滴万歳、現代医療万歳。

 

新高円寺駅で降りると目の前にマクドナルドが見えたので衝動的に入店してしまった。

 

きっとこういう軽率な行為の積み重ねが今回のような失態を招くと知っていながらも、それでもやはりポテトLサイズ150円はあまりにも魅力的すぎた。

 

塩分過多のフライドポテトを口の中に放り込みながら、明日からは毎日野菜を食べようと心に誓った。

自転車は最強

自転車を買った。高円寺のサイクリングショップが軒並み閉業していたので早稲田まで足を運ぶ羽目になった。早稲田はクソ。

 

金がないのでギアチェンジ不能な1万4千円のカゴ付きクソチャリに甘んじた。もちろん保険は付けない。金がないので。

 

私はその場で自転車に跨り、そのまま新宿へと繰り出した。春先に何時間もかけて味わってきた感慨がわずか数分のうちに過ぎ去っていく。

 

なんと速いのだろう。私は、私はこんな短い距離ごときで疲弊していたのか。自転車はこれほどまでに便利な道具だったか。

 

容赦なく降り注ぐ日射しに辟易しながらダラダラ歩く人混みの間を颯爽と通り過ぎながら、自転車を持っていない人間は愚かだなぁと優越感に浸っていると、ふいに絶望が私の眼前に現れた。

 

デブだ。

 

デブが、デブが道を塞いでいる。

 

道幅の7割を自らの贅肉で封鎖している。現代社会が生み出した魔物だ。

 

しかも、

 

イヤホンをしている。

 

イヤホンだ。

 

イヤホンデブである。

 

外界の情報を一切遮断し己が殻の中に永久に閉じこもりながらも周囲の人間に迷惑をかけることはかかさない百害あって一利なしの史上最恐の生物兵器、イヤホンデブである。

 

オイオイオイ死ねよコイツ。

 

俺様は自転車ユーザーだからお前より偉いんだぞ、どけよ。

 

しかし私は賢いフレンズである。今ここでこの不愉快な肉塊を轢殺したとして、私に不利益が生じるのは自明である。私は考えた。考えて、考え抜いた末に、

 

―――自転車を降りた。

 

自転車が初めて人類に敗北した瞬間だった。しかも、こんなデブに。

 

デブに敗北した悲しみに暮れながらも私は自転車を漕ぎ続けた。メロスの如くひたすら走り続けた。いやメロス自転車使ってないけど。

 

新宿から自宅までをつなぐ青梅街道は延々と広くてまっすぐなので自転車ユーザーにとってはこれ以上ありがたいものはない。30度の炎天下の中、買い物かごを抱えながらイライラした顔で歩くババァに心の中で「死ねバァァァァァカ」と中指を立てながらシルベスター・健を飛ばした。シルベスター・健というのは私の自転車の名前で、私が今適当に付けた。由来はもちろんシルベスタースタローンと高倉健である。

 

家に着いた。すげぇ、こんなに早く着いちゃうのかよ・・・やべぇ・・・

 

私は自転車を手に入れ遂に無敵になってしまった。

 

私に勝てる人間などもはやこの世にはいない。

 

ケンカならいつでも買ってやるから死にてぇ奴は高円寺まで来な。

 

2秒でボコしてやるよ。

帰郷

金曜日、実家に帰った。文化祭に参加するという口実だったが、本当は友人やら後輩に会いたかっただけである。このように歳を食えば食うほど人は本心を韜晦したくなる。動機がなければ我々は何もできない。鬱。

 

新宿発飯田行きのバスを降りると、土臭い田畑の匂いが私の鼻腔をスーッと通り抜けた。高校時代の私は受験勉強で忙しいことを言い訳に堕落しきった生活を送っており、従って免許など取得しようとすら思っておらず、15キロ離れた自宅に帰る術がなかったので、仕方なく小学生時代からの幼馴染に送迎を頼んだ。

 

「よう久しぶり!」

 

3か月ぶりの邂逅を果たした彼の髪は鮮やかなピンクに染まりきっていた。

 

知っているぞ、こういう人間は友人を乗せた車の中でとりあえずEDMを流す。夜の国道153号線を我が物顔で疾走する。親の車で。

 

すると案の定彼は「なんか流すわ」とおもむろに携帯を車のスピーカーに接続しはじめた。おいやめろ、お前、いいのか、そんなテンプレみたいな生き方で。おい、やめろ、おい!

 

午前8時に目覚めた。よくわからんEDMがまだ頭の中で鳴り響いている。死んでほしい。

 

9時になるとピンク髪の幼馴染が家の前まで迎えに来た。この日はEDMの代わりに三代目J SOUL BROTHERSでんぱ組.incが無限に流れ続けた。俺はもうお前がわかんねぇよ…

 

放浪ドライブの末に変な山に着いたので写真を貼っておこうと思う。美しい私たちの町です。f:id:nikoniko390831:20170628092547j:image

 

時刻が午後1時を回ったのでとりあえず母校の近くの高校の文化祭に乗り込んだ。ここは私の母校より偏差値が10以上高い進学校様なので部外者の我々には人権がなかった。

 

人権もなければ友達もいないので校内をグルリと一周回っただけでなんか飽きてしまった。すれ違う人間全員が一流大学に行けるポテンシャルを秘めているんだろうなと思うと身震いがした。やはり私は上を見て己を奮い立たせるというよりかは下を見て安寧に胡座をかく方が性に合うようだ。

 

さていよいよ我が母校飯田風越高校に辿り着いた。相変わらず配慮のはの字もない急勾配の通学路に精神を摩耗させられながらも私は頑張って歩いた。すごい偉い。

 

校門をくぐり抜けるやいなや見知った顔があちらこちらに散見され、不意にノスタルジーが襲いかかってきた。

 

懐かしい気持ちに苛まれながら校内を周回していると、「あっ!因果じゃん!」「因果先輩チィーッス!」といった具合に仲の良かった同輩後輩が話しかけてきた。岡本ではなく因果と呼ばれるあたりにインターネット人格としての「因果」の方が現実人格の「岡本」よりもはるかに訴求力が強いことがうかがえる。負けんな岡本!頑張れ岡本!

 

そんなこんなで色々な後輩に現生徒会長が前夜祭でゲロを吐いた話や現生徒会長が前夜祭でゲロを吐いた話などを中心に、私が卒業した後の学校の様子について様々な話をしてもらった。

 

そうか、我々がいなくなった後も、高校生活というもの自体は連綿と続いていたのか。そしてその潮流の外へと疎外された我々はただひたすら「そうかそうか」と頷くことしかできないのだな。「もう戻れない」という実感を帯びてノスタルジーはより鮮明さを増した。

 

いやまぁゲロの話しかされてないんだけどさぁ!

 

翌日(日曜日)の早朝、狙いすましたかのように長野県南部を直撃する地震が起きた。天変地異さえもが私を憎んでいるのか、私が何をしたというのか。炎上の代償がこれか。殺すぞ。トラフには何とか勝ちたい。

 

文化祭2日目は生憎の曇天だった。

 

3ヶ月ぶりに担任に遭遇した。相変わらず理学部2年みたいな風貌をしていてとても英語教師とは思えない。首都大に落ちた報告を電話で伝えたら「ざまぁみろ」と言われた事件以降連絡を取り合っていなかったが、まぁ元気そうだった。なんか順風満帆っぽくて腹が立ったのでクレープを奢らせた。去年よりホイップが多めだった。

 

その後は部活の後輩のギター演奏をまるで保護者のような眼差しで見つめていた。多分後輩の皆さんは「何見てんのコイツキモ…」といった不快感を覚えていたことだろう。なるほどこういう世代間の認識の齟齬が老害OBを生み出していくんだろうなぁと思った。

 

全ての演目が終わり、拍手喝采の中で文化祭2日目が終わりを告げ、「部外者」の我々は早々に追い出された。

 

校門を出た際は10人ほどの集団だったが、駅に向かうにつれ一人、また一人と人数は減っていった。「飯田風越高校」という紐帯が解けた我々は、もはやこれ以上一緒にいることができないんだろう。高円寺駅から暗い夜道を一人歩きながら、そんなことを考えていた。

 

さて、自校の文化祭に初めて「客」として参加してみたわけだが、主体的に、「開催者」として参加するそれに比べると、やはり物足りなさを感じた(すごい楽しかったけどね!)。

 

言ってしまえば、クソダサいクラスTシャツを着たまま校内を闊歩する自由がなければ、誰もいない部室に勝手に入って寝られる自由がなければ、「ここから先展示物なし」の張り紙を無視する自由がなければ、文化祭も、地域で毎年開催される納涼祭と大して変わらない。

 

二度と戻れない高校時代を羨望する気持ちもあるが、色々欠落しているとはいえ大学生活は毎日楽しいので、もう後悔はない。多分。

 

ただ、そうはいっても高校と大学ではやはり楽しさの趣向が全く違うので、そういう点においてはやっぱり高校っていいなぁと思うことは多々ある。

 

適度に過去に引きずられつつも前を向いて生きていきたいと思った。

 

とりあえずまずは部屋を片付けて、それからアコギを買おう。

ヤバい炎上屋さん

炎上した。何がオタクどもの琴線に触れたのか知らんがとりあえず盛大に燃えた。

アカウントの規模的に、ごく小規模な炎上案件であればこれまでに何度も経験してきたが、ここまで大々的に燃え上がったのは今回が初めてである。

 

とりあえず許可なく勝手に私のツイートをまとめサイトにまとめたオレ的ゲーム速報のゴミデブガイジは地獄に落ちるかもしくは叙々苑を奢れ。或いは死ね。最悪死ぬだけでいい。

 

↓以下炎上した一連のツイート。

 

 

自分でツイートしておいた手前こんなことを言うのは非常にアレだが、これらは実に不愉快な文章である。自分の好きな作品をこんな汚い語彙で罵倒され、あまつさえ視聴者である自分たちの人格さえもを否定されたら、とてもじゃないが正気ではいられまい。

 

つまり、作品を貶され怒髪天に達して私に殺害予告を敢行してくださった中高戦隊イキリンジャーの皆様こそが、実は一番人間らしい人間であるのだ。彼らにはこれからもそのままであってほしい。

 

それはさておき、今回の炎上では私のもとに数百を超えるリプライ、引用RTが一挙に襲来した。私は前述したイキリンジャー各位とは違い、面倒事のひとつひとつに真摯に取り合うほどのイキリパワーを喪失していたので、それらのほとんどを無視していたが、今ここでそれらの一部をピックアップして適当に評価をつけようと思う。

 

①「知的障害者という表現は非情に不愉快だ」

→不特定多数が不愉快になることが前提なのだから「不愉快になった」なんて面と向かって言われたら私はもう勝利宣言するしかないじゃないか。でも「私はマイノリティーに対して理解がありますよ」的な態度が非常にムカつくので3点。

 

②「どっちでもいいですが部屋が汚いですね」

→これぞ典型的な論点のすり替えである。他に叩くことがないからと言ってとりあえずその他の観点から批判してくるのはNG。でもメッチャ心に刺さるので100点。

 

③「FF外から失礼するゾ~(謝罪)」

セクシャルマイノリティーの方を揶揄するようなリプライであり、非情に不愉快。やめてください。114514点。

 

④「お前マジで殺しに行くからな 一緒アニメ見んなよ sao馬鹿にしたじでんで死確定 ほんとに殺す マジで許さん」

→ともやくんは一向に殺しに来てくれないので0点。

 

⑤「お前はアニメが好きなんだろうけどアニメはお前のこと嫌いだよ」

→アニメという概念にさえ心を見出すアニミズム信仰者である。ご飯粒に神様が宿ってると本気で思い込んで一粒も残さず完食するような類の人間だろう。偉い。でも因果は君のこと嫌いだと思うよ。2点。

 

⑥「共謀罪反対運動に因果さんの力が必要なんです!アベ独裁政権にNOを!」

→恥も外聞も捨てて己が目的のためには手段を選ばない真摯さに脱帽。共謀罪が可決すると左翼の先輩の家が破壊されてしまい可哀想なので私も反対します。革命!1972点。

 

⑦「このラインナップの中にリゼロがないのはおかしいっしょ」

→リゼロ入れたら入れたで今度は「超電磁砲がない」とか「Angel Beats!がない」言い出すんだろお前、殺すぞ。欠落してるのはリゼロじゃなくてお前の脳みそである。0点。

 

⑧「嫌なら最後まで見るなよ」

→これを真に受けて本編を見ずに批判すると今度は「見てから叩けよ」というリプライが大挙するのでどうしようもないんです。これが見ろ/見るなのジレンマです。助けてくれ。50点。

 

⑨「熱盛ィ!失礼しました、熱盛と出てしまいました

→このリプライが一番多かった。とりあえずメンションを荒らしておけば私の精神を摩耗させることができるだろうという浅はかな算段にはただただ乾いた笑いがこみ上げて熱盛ィ!失礼しました、熱盛と出てしまいました。810点。

 

⑩「これに釣られてる奴バカすぎでしょwww因果さんが言ってることは正しいよ」

→この手の権威主義者には呆れてものも言えない。というかネットに流れてきただけの大学生オタクの戯言に権威を感じている時点で脳構造に何か重大な欠陥がある。そのうえ、「俺は釣られてるオタクより高次な存在だ」みたいな選民思想も垣間見えるので、ガチギレオタクよりもむしろタチが悪い。便所の落書きを礼賛する暇があるなら己の人格を研鑽しなさい。0点。

 

他にもクソという言葉を用いるにはあまりにもクソが可哀想になってくるようなこの世の終わりみたいなつまらないリプライが数多飛来した。オタクはシコって精子を飛ばすが如く知らん人間にクソリプを飛ばしては悦に入っているので本当に気持ちが悪い。

 

リプライ機能をオタクから剝奪しろ、オタクはTwitterなんかやめて外界と関わりを持て、外に出ろ、友達を作れ。

 

~~~以下ブログとしての最低限の体裁を保つためにしぶしぶ付け足した心にも思ってないまとめ~~~

 

本当に軽率でした。私自身も自分のツイートがここまで反響を呼ぶとは予測しておらず、つい侮辱的な語彙を多用してしまいました。これはひとえに私がTwitterの衆人環視性に対して無知だったがゆえに起こってしまったことだと思っております。これからはこういったことがないように誠心誠意努めていく所存でございます。

 

私の浅はかで未熟なツイートがTwitterの皆様に多大なるご迷惑をおかけしてしまったことを改めてお詫び申し上げます。本当に申し訳ございませんでした。

 

それじゃあ、またのぅ~~~~~~~~~~~~~~~~ィヤッ!!!!!!

都会生活

山、川、森、空気…と海以外の自然的要素なら全て揃った哀愁と絶望の魔都長野を離れて早1週間が経過した。

 

ぎこちないスーツに身を包み街を闊歩する新卒社員の波に揉まれながらも何とか都会のイロハを把捉しつつある今日この頃である。

 

さて、長野県を離れられる歓びも束の間、私はある不安を抱えていた。

 

そう、隣人関係である。

 

私の家庭はお世辞にも上流階級とは言えず、木曜の晩に出たカレーライスが土曜の昼飯になる程度には金がない。

 

そういう背景事情によって私は県で運営している寮に押し込められることに相成ったわけである。

 

寮というのはどうしてもプライベートが確立されず制約の鎖に縛られる窮屈な空間であるという先入観がはたらくが、実際そんなことは一切なかった。

 

個室は1人で使うには広すぎるくらいだし、寮生も皆同県出身ゆえに田舎くたばれネタを共有でき会話も弾む。

 

こうして住居に関する不安は杞憂に終わった。

 

しかし不安は絶えない。前進は痛みを伴うものであるとはいうが、まさにこの時期こそがそれに該当するだろう。大学生活が始まった。

 

私が通う大学はとにかく品位を重んじている節がある。思想が絡んだ感じのサークルやら研究会が発足されれば問答無用で弾圧されると聞くし、お嬢様高校上がりのボンボンが多いので運動面でもあまり良い話を聞かない。

 

このように何につけてもメソテースを気取る八方美人大学なので「クソフィア」「豆腐大学」などといった蔑称がたくさんあるのは周知の事実であろう。

 

私は自分が個性的な人間であるといった自覚はないし、これからもそう思う気は微塵もないのだが、残念ながら自己評価と周囲評価は往々にして乖離しているもので、友人や教員、果ては親や親戚にまで「お前はズレている」といった旨の罵倒を背に受け今まで何とか生きてきた。

 

もちろんその罵倒の中には「お前に上智は無理」「上智の品位が下がる」「上智の女を俺に紹介しろ」といったものも含まれており、私はそれについて少しばかりは苦悩していたわけである。

 

だがしかしこれもまた杞憂に終わるわけである。

 

「哲学科はヤバい」という謳い文句は、例を挙げるならJKがSNSに撒き散らす「ウチらってマジパーリーピーポーだよね〜マジで〜」といった肥大化した自己顕示欲求と帰属欲求選民思想が織り成す限界三重奏のようなものだと思っていたが、大学ともなると話は別であった。

 

哲学科はヤバい。

 

だがしかしこれは私を水を得た魚のように活気付かせた。例えば私が頭の中で渦巻くカオスな考えをそのままべらべらと口に出したとして、ここの学科の人間がそれを「あっそ」と片付けることは少ないし、あまつさえそれに対し何らかの賛同、あるいは批判を加えてくれるのだ。

 

いい学科に入ったと思う。せいぜい極端思想にドップリハマったり落単芸人になったらしない程度に大学生活を謳歌したい。

 

ゴミのような高校から無茶をして上京してきたが、これは正しい選択だったと私は思っている。マテリアル的にも、精神的にも、ここは私にとって最適の地である。

 

この地で生活できることを、高校生活においての自分の努力と何とか金を捻出してくれた親に感謝したいと思う。