美忘録

羅列です

東京

俺は長野県民である。山に愛され、川に愛され、自然に愛されすくすくと健やかに育ったが、あいにく俺はそれらの全てが嫌いである。

 

Twitterにおいては悲しみを紛らわすべく自分の家の田舎具合を自虐ネタへと昇華させていたが、それもそろそろ限界が近づいてきた。

 

都会コンプレックスは「マジで半径4キロ圏内にコンビニがない」という実質的な被害を受けてどんどん肥大化し、早くこの家を出たいという一心のみからそこそこ勉学に励んだ。

 

もはやふぁぼ数個では空虚な俺の心は満たされないのだ。

 

しかし本日、俺は大学受験のために東京へと赴いた。

 

すごい。

 

すごいよ。

 

ビルあるよビル。

 

人いるよ人。

 

めっちゃ人いるよ人。

 

「四方が山ではない」、これだけで80点である。

 

「夜になっても人がいる」、これで20点上乗せだ。

 

都会は100点、田舎は0点。田舎はさっさと全自動プランテーション事業のためにその土地を放棄しろ。

 

俺は「生」を感じる瞬間というのがたまらなく好きである。人が歩き、走り、笑い、泣き、怒り…そういう感情の断片たちに、俺は「生」を感じる。

 

東京は無機的で冷淡なところだとはよく言われるが、人が多く、感情の坩堝となっている点において、ビルやマンションのような無機的なものでさえもがその「生」に呼応するようにうねりはじめ、無機性を逸脱していく。

 

こうした、無機物と人間の調和(或いは不協和音)に、俺はたまらなく「生」を感じるのである。

 

よって、東京という概念は、とどのつまり「生」の具現化なのである。

 

閑散とした長野の田舎には、自然との調和という観点における「生」はあっても、人間的な、雑多な「生」というものは殆ど感じられない。

 

俺は早くこの田舎を抜け出し東京へと繰り出したい。

 

都会バイアスがかかっているだとか期待しすぎだとか言われようがこれだけは譲りたくないのだ。

 

待ってろ東京ゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーッッッッッッ!!!!!!