美忘録

羅列です

卒業

蛍の光も窓の雪もいざ知らず、ひたすら己が進路を実現すべく筆をガリガリと走らせているうちに早3月、卒業の季節である。

 

春の風に吹かれながらも脳裏に浮かぶのはやはり「別れ」の二文字だろう。

 

今まで単なる漠然とした未来として、遥か彼方に聳えていたその「別れ」に、本日遂に俺たちは辿り着いてしまったのである。

 

ここでいう「別れ」というのは、友人間、恋人間等の個々の関係性の終焉ではなく、同じ教室に集まる大義名分の消失を意味する。

 

もはや「"俺たちの"高校」は「"町の"建造物」に成り下がった。

 

いくら個人的な関係性は続くといっても、「みんなで集まって駄弁る」といった、全体性の中に楽しみを見出すことはもうできないのである。昼休みに友達とやる大富豪とオンライン大富豪では価値が全く違うのだ。

 

しかし非情にも、残酷にも、「別れ」は不可避な事項である。俺たちはそれを否が応でも受け入れ、前に進む必要がある。というかそれを社会に強いられるわけだ。

 

で、そういう「別れ」を感動的イニシエーションとして神格化したのがこの卒業式である。

 

実にくだらないが、なんだかんだで俺も写真を撮ったり色々な人間と喋ったりと卒業式の恩恵をこれでもかというほど享受してしまった。俗物だ。

 

そうして現に俺は「別れ」に対する自分なりのソリューションさえ打ち立てつつあるわけで、畢竟卒業式のおかげで前に進めてしまったわけである。あーあ。

 

このようにだらだらと長くなるのが俺の悪いクセだが、つまりは俺はニヒルを気取りながらも別れに多少なり寂しさを感じていたということである。

 

そう思うほどには俺の高校3年間は俺の人生史上でもトップクラスに楽しかった。ありがとう。

 

この返礼として、俺と関わった全ての人間が幸福な人生を享受して一片の禍根も残さぬままで死ぬ呪いを発動したので各自覚悟するがよい。