美忘録

羅列です

夏に敗れた男

東京の夏をあまりにも軽視していた。飯田も東京もさほど緯度が変わらないから平気だろうとタカを括り、あまつさえ炎天下の四谷に単身突撃した己が愚かさを心から恨んだ。

 

その日は2限スタートであった。爽涼たる11号館にて一切の暑さから逃れながらフランス語単語をセコセコと頭に叩き入れていた。

 

なんと快適なのだろう、文明の利器とはかくも素晴らしいものだったか。冷房がない時代に生まれた人間はさぞかし苦しみに悶えながら生きてきたことだろうと空想上の先人に想いを馳せながら何一つ不自由のない2限を過ごした。

 

異変が起きたのは昼休みに入ってからである。

 

学科の友人らといつも通りの他愛のない会話に無理やり花を咲かせていると、ふと脳の底から鼓動を打つような痛みが頭の中を逡巡した。

 

これはヤベェなと直感した。放っておいたらサルトルの主著名みたいな行為に及んでしまう可能性があった。つまり、その、ゲロである。

 

私の行動は迅速だった。速やかに3限を切る選択をし、よろめきながらホフマンホール2階のメディカルセンターに向かった。

 

ベットに横になった瞬間、安堵とともに眩暈と頭痛と吐き気が一気に去来し、私は約10年ぶりに嘔吐した。オエーーーッッッ!!!(AA略)

 

嘔吐した旨をメディカルセンターの看護婦に伝えると、我々が提供できる医療技術ではもはや貴方を救うことはできないと死刑宣告を受け、猛暑の四ツ谷を徒歩で病院まで歩くよう促された。オイオイオイ死ぬわ因果。

 

生ける屍のごとく重い足取り、蒼白な顔面のまま必死の思いで辿り着いた四ツ谷の病院にて私は衝撃の宣告を受けた。

 

「点滴、しましょうか」

 

魔剤?

 

私は根っからのレイシストである。従って点滴というのは精神が摩耗しきった精神異常者やメンヘラが受ける施術であると信じてやまなかった。そして点滴を甘んじて受け入れることは即ち私自身の健全性の否定に直結してしまうと、そう確信していた。

 

「て、点滴なんて…そんな…」

 

私はこんなところで「メンヘラ」になってしまうのか。こんなところで敗北していいのか。様々な葛藤が頭の中を逡巡し、そしてついに私はその場で倒れてしまった。

 

(全部嘘だしメッチャ久しぶりの点滴にワクワクしました😇)

 

しかし地獄はまさにこの先にあった。

 

何はともあれ、点滴の仕組みを想像して欲しい。

 

そう、薬品を体内に直接送り込むために腕に針を刺すのである。

 

しかし考えてもみてほしい。こんな残虐な医療方法が未だかつてあっただろうか。ナチスの医者も恐れおののく極悪非道っぷりではないか。

 

少しでも腕を動かせば、この針は、私の皮膚を、血管を、容赦なく屠るだろうという恐怖感。そしてそれは薬品が切れるまでの30分間続く…

 

あんまりだ…あんまりじゃあないか…こんなのは…

 

悠久にも等しい30分を乗り越えた私は挨拶もそこそこに病院から追い出された。依然として体は重く、吐き気は治らない。

 

あぁ、俺はこのまま死ぬのだろうか。丸ノ内線の涼しい車内で、私は眠りに落ちた。

 

うたた寝から冷めた頃には既に東高円寺駅を通過していた。

 

どういうわけだかさっきまで身体中をのたうち回っていた倦怠感は綺麗さっぱり抜けきっており、空腹感さえ覚えるほどであった。

 

すごい、これが点滴の力か。点滴万歳、現代医療万歳。

 

新高円寺駅で降りると目の前にマクドナルドが見えたので衝動的に入店してしまった。

 

きっとこういう軽率な行為の積み重ねが今回のような失態を招くと知っていながらも、それでもやはりポテトLサイズ150円はあまりにも魅力的すぎた。

 

塩分過多のフライドポテトを口の中に放り込みながら、明日からは毎日野菜を食べようと心に誓った。

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