美忘録

羅列です

終焉

因果(@nikoniko390831)が遂にお亡くなりになった。

 

理由については諸説あるが、とまれ5月頃にSAOをボロクソに叩いて炎上したことが一番大きいだろう。やはりSAOはクソ。SAOを見ている人間も精神に何かしらフェータルな障害を抱えている。クソ。

 

おい、何見てンだごちうさおたくこの野郎。オメーも同罪なンだよ。クソ。

 

凍結について感じることは多々ある。今までコツコツ積み上げてきた12万ツイートや3000人フォロワーを返してくれとか、私よりも先にもっと明確な悪意を持って他者の権利を踏みにじっているような捨てアカウントを始末してくれとか、それこそ不満を挙げれば枚挙に暇がない。

 

でも、そんなことよりも、何よりも一番悲しいのは、凍結によって「希薄な関係性が全て途絶えてしまう」ということである。

 

私は「まぁとりあえずフォロー/フォロバするか」くらいの適当な気持ちで関係を築いたどこの誰とも知らないユーザーと、関心と無関心の狭間をフワフワ浮遊しながらだんだん交流を深めるのが好きなのだが、こうして凍結されて、比較的仲の良かったユーザーから順々にフォローしていく中で、名前さえ覚えていないがためにフォローすることさえできない彼らのことを考えると、とても悲しくなる。

 

これは大学の講義や飲み会なども同じで、一度言葉を交わしたきりもう二度と会わないし喋らない、というかそういう行動に出るだけの大義名分、つまり「関係のきっかけ」が無いために何もできず、なんだかなぁと思うことが多々ある。

 

Twitterはその辺が優れていて、希薄ではあれど相手との関係性をとりあえずフォロー/フォロワーという状態に固定できるので、自分が、もしくは相手が、思い立ったその瞬間にアクションをかけることができる。それに、Twitterなら大義名分などそこらじゅうに転がっているし。

 

しかし、凍結されれば話は別。「とりあえず」で保たれていた関係は全て0に還元され何も残らなくなってしまう。

 

「名前すら覚えてない奴ならどうでもいーじゃん」と言われてしまえばまぁそこまでなんだが、そう思えないからこうやって悲嘆に暮れているわけである。こだわりガイジ特有の感情である。

 

こうして俺は1000個余りの薄い関係性を喪失してしまった。ひたすら悲しい。

 

今更アカウントを返せとは、伸びに伸びたツイートらを返せとは言わない。ただ、あのよく分からん微妙な関係性だけはどうか返してくれ。という気持ちである。

 

とりあえずこのやり場のない悲しみをSAOとごちうさに向けることにした。絶対許さねえ。アスナは売春婦だしチノは性奴隷。キリトは性器ヘルペス。死ね。