私をタイに連れてって
~はじめに:悲しい夏休み~
大学生活にも順調に斜陽が差しかかって久しかったが、そんな俺にもついに一世一代の健康大学生チャンスが舞い込んできた。
海外旅行。
思えば夏休みの半分は座敷牢で日がな一日インターネットにうつつを抜かす無精の日々。
1日の食費を限界まで切り詰めることだけを生の目的と措定し、ただただ機械的に有機物を貪り食らった。
来る日も来る日もSEIYUの半額弁当。
時には半額シールが貼られるまで店内で1時間耐えたこともあった。目の前で浮浪者に弁当を強奪されたこともあった。SEIYUでの飽くなき争いの日々だけが夏休みの全てだった。
同大の皆さんがパリだの台湾だのを楽しんでいる一方、俺が訪れたのはせいぜい足立区や川崎市である。悲惨さを画像で比較しよう。
パリ。
足立区。
台湾。
川崎。
あんまりにもあんまりだ。
後輩「じゃあタイ行きましょうよ」
俺「え、いいけど…」
というわけでタイに行くことになりました。
~0章:はやく出発したい~
発達異常しぐさが多分に発揮されてしまい、パスポートを取るためだけに5日連続で都庁にログインする羽目になった。
おかげで一切の日光を浴びることなく新宿駅から東京都庁まで辿り着けるメソッドが完全に確立されてしまった。
でもそんな都庁が大好き😘でかいから。
核戦争前日みたいなテンションだったのでフライトの12時間前から成田駅で待機。酷い。
これは職員専用駐車場。
日々こんな仕打ちを受けながらも客の前では決して笑顔を絶やさないのが成田空港スタッフなのだ。
どこで寝ていいのか全く分からないのでとりあえずウェイティングルームでふてぶてしく仮眠。
しかし案の定警備員に見つかってしまった。
「空港初めてなんで」の一点張りでやり過ごそうとしたが「ダメです」と論破され汚い旅行者の吹き溜まりみたいなところに連行されてしまった。
その後も追い討ちのように同行する後輩たちに小馬鹿にされたりしたが、グッと涙をこらえなんとか朝を迎えることができた。
心がないのか?
悲しみを乗り越えていよいよ出発だ。
~1章:サイケデリックランド・タイ~
搭乗したのはタイライオンエアーと書かれた見るからに怪しげな旅客機。墜落しても悔いが残らないように母親にLINEで遺書を残しました。
テイクオフ。
機内では「そういうルールだから仕方なく」とでも言わんばかりの粗雑な機内食が振る舞われた。ハムパンとやや臭い水。無い方がマシだろ。
いつも通りその場にいない人間の悪口で盛り上がっていると飛行機はいつの間にかタイに到着した。こんな業の深い人間たちの入国を許可してくれるタイの懐の広さに感動だ。
ついに異国の大地を踏みしめる瞬間である。搭乗タラップを一段降りるたびにさまざまな思い出や感慨が去来した。
取れないパスポート、SEIYUの半額弁当、成田空港の夜…
そういえば初海外だな…
タイでよかったのかな…
後輩1「因果さんにはタイくらいがお似合いですよ」
後輩2「タイ以外あり得ない」
だまれよ
万感の思いを胸に、タイ王国の大地に鮮やかな一歩を踏み出すーーー
……
………
なんか黄ばんでね…?
昼過ぎのドンムアン空港はなんか全体的に黄ばんでいた。
あとくさい。
さて、無事に入国手続きも終わったのでまずはタクシーでホテルに向かう。
タイはご多聞に漏れずボッタクリ文化が盛んな国であるから、搭乗するタクシーもしっかり選ばないといけないらしい。大変。
後輩「メーター付けてない奴とかいますからね」
こう見ると分かるがバンコクの街並みというのはどこかローファイなサイバーパンクを想起させる。
攻殻機動隊やパトレイバーやserial experiments lainが目指したサイバーパンクはひょっとしたら東京ではなくバンコクだったのかもしれない。まぁバンコク発展の方が最近の出来事なんですけどね。
ガバガバ建築基準法の許した魅惑の摩天楼がそこかしこに乱立するのがバンコクという街なのである。
途中で先輩が財布を紛失する悲しいハプニングを挟んだものの、タクシーは無事Nana駅付近のホテルに到着。無事じゃねんだよな・・・
しょぼくれる先輩を更なる悲劇が襲う…!
先輩「何だこの景色は…」
カーテン開けたらこれである。我々は早くもタイ王国繁栄の暗部を目の当たりにすることになってしまった。ちなみに先輩の財布は見つかりませんでした。
悲しみを抱えながらも我々はバンコク名物の夜市に繰り出した。
交通手段はもちろんトゥクトゥク。タイやカンボジアでは有名な移動手段として認知されている。これもまたガバガバ道路交通法が許した魅惑の移動手段である。
揺れるわシートベルトはないわで散々な乗り心地だが「常に死と隣接したジェットコースター」と思えばかなり楽しめる。正直一番テンション上がった。
しかもトゥクトゥクの中にはごく稀に爆音でEDMを撒き散らしながら走る「EDMトゥクトゥク」なるものが存在。
我々は計3日間の間に2回もこれに乗ることができた。正直旅行の面白さの4割くらいがこれに集約される。
見よこの悪趣味な見た目を…
後輩「え…死後の世界?」
あまりの非現実感に思わず写真を撮ることさえ忘れてしまう。すげえ光るしすげえうるさかった。
ちなみに流れるEDMは全て運転手のiPhoneに入っていた違法音源。こんなところで発展途上感を出してこないでほしい。
とはいえなんか憎めないツラだ。頑張って生きろよ!
夜市到着。
タイの夜市はとにかくデカい。
ここはInstagramなどでよく見る『ロット・ファイ・マーケット・シーナカリン』です。なげーな。『糞溜め』とかでいいだろこんなの。
沖縄の国際通りにシャブを吸わせたような雰囲気がする。バンコクでも屈指に大きい市場として有名だ。
とはいえ腐ってもここはタイ王国。どの店も基本的に販促意欲に欠けている。通話しながら接客なんかバンコクじゃ朝飯レベルの常識らしい。
こういうイカニモなバラック建築が多いので構造物オタクにとっては天国この上ない。
2階の露店なんか絶対雨とか風とかいったものの存在を一切考慮してないだろ…
かくのごとく次々と襲い来るカオスの波濤。エキゾチシズムの洗礼…それらに対抗すべく我々も偏差値を極限まで下げることでタイ的メンタリティーに追随した。
バカビール!!
バカ果実酒!!
たのし〜〜〜〜!!!!
タイに気取ったスノビズムは不要である。郷に入っては郷に従え、バカの国ではバカが作法なのだ。
この日は以降も怒涛のごとく酒を飲み食らいベロンベロンのままトゥクトゥクで帰宅。酔ったついでに風俗街も探索。
タイは物価が安く、したがって(本当に失礼な言い方だが)女も安い。先進諸国の中年紳士はこれを狙ってわざわざ週末旅行にタイを選ぶ。
陰茎の脈動に誘われるまま海をも越える哀れな性欲奴隷にはこの後めくるめく性病の応酬が待ち受けているというのに…性欲は人から正常な判断力を奪うのである。
笑顔の汚い欧米人の横をスルスルと通り抜けるとそこはまさにパラノイアの具象。
出来の悪い悪夢みたいな色彩してんな…
これなんかあまりにも酷い。
後輩「写真撮りましょうよ!ここで撮らなきゃ一生後悔すると思います!」
しろよ。
ちなみにこの晩俺がサイケデリックな悪夢にうなされたことは想像に難くない。起床とともに猛烈な吐き気に襲われた。
~2章:ながされて地獄寺~
さぁ元気出して2日目!
この日は「地獄寺」と呼ばれる仏教建築群のうちで最も有名な「ワット・パイローンウア」を見学。約74キロを市民バスで移動することに。
え…?コレ走んの?
え…?コレ走んの?
やめろ…もう十分だ…
後輩「走る廃墟じゃん」
先輩「失礼が過ぎる」
着きました。
どうでもいいけど農道のくせに車線が多すぎる。
遠路はるばる古刹(言うほど古くない)を訪れた我々を出迎えてくれたのは…
野犬。
野犬。
野犬しかいない…
もしこんな辺境でウイルスまみれの野犬に噛まれでもしたら我々はその場でお陀仏である。まさに死と隣り合わせの地獄巡り。体験型アトラクションというわけだ。
さて、当たり前のように固有名詞で紹介してしまったが果たして「地獄寺」とはいかなるものなのか?
百聞は一見にしかずということでまずは境内の写真を何枚か…
タイは国民の約9割が仏教徒の国。電車の優先席では高齢者・妊婦・怪我人に並んで僧侶が優先されるといった具合に仏教が日常生活に深く根ざした社会なのだ。街の至る所でオレンジ色の袈裟を羽織ったハゲを見かける。
こういった社会の中においてはたとえ教典のチープな寓話だろうと重く受け止められる。その最たる例こそが地獄寺なのだ。
タイの教典では、徳の不足した人間は死後速やかに地獄に落とされるという。その懲罰も人それぞれで、例えば生前に姦通を犯した者は地獄で獄卒に尻を突かれながら荊の木を登り続けなければならないし、動物を虐待した者は顔が醜い動物に変化しマトモに喋ることさえできなくなってしまう。
こんな具合である。容赦のよの字もない。
日本にも地獄の寓話は多々あるが、タイの地獄思想は日本のそれを遥かに凌ぐ具体性がある。「ここまで仔細に懲罰が規定されていれば、ある程度敬虔な仏教徒は悪行を為す気さえ起こらないだろう」というのがタイ教典の本懐だと推察できる。
しかし教典というのは文字が読めなければただの紙束に過ぎない。そこでタイ人は地獄思想を広く知らしめるために教典に描かれた地獄の世界を具現化させることにしたのである。
そしてその結晶こそが現在タイの至る所に残っている「地獄寺」なのだ。
これらは単なる悪趣味の祭典ではない。民衆への警鐘あるいは訓戒としての確固たるレゾンデートルを持つのである。
以下印象的だった塑像の写真。
10メートルはある巨大塑像。このポーズは教典における許しを乞うポーズらしいが表情に苦悶さが決定的に足りないためふざけているようにしか見えない
昔こういうグロいクレイアニメ流行ったね
花沢健吾作品に出てくる化け物
ラフだね
顔色悪い
逆カタワ
こいつはマジで怖い
マクドナルド地獄寺店
入り口で佇む獄卒
地獄建築とは一切関係ない仏陀像
あーおもろかった。終わり。
~3章:悪趣味!シリラート死体博物館~
最終日は本物のホルマリン漬け死体が大量に展示されるバンコク屈指の悪趣味博物館ことシリラート死体博物館を来訪した。
シャム双生児や無頭症や水頭症などブラックジャックでしか見たことのない難病奇病に侵された遺体の数々が展示されていたが残念ながら撮影は禁止だった。
館内を巡回していると、既にここを訪れたことのある後輩が途中である異変に気付く。
後輩「え…性犯罪者のミイラが消えてる…」
かつてここには見せしめのように凶悪犯のミイラが展示されていた。それこそがこの博物館随一の見どころであったと彼女は嘆いた。
後輩「因果さんごめんなさい…因果さん絶対喜ぶと思って楽しみにしてたんですけど…」
俺をなんだと思ってるんだ。
さて性犯罪者のミイラはどこへ消えたのか。その謎を探るべく我々は学芸員らしきタイ人に真相を訪ねた。
我々「なんでなくなっちゃったんですかミイラ」
タイ人「Sorry, because of human right...」
え……??
ひ…HUMAN RIGHT???????????
散々死体展示しといて????
今更すぎるだろ………
lol生える。
死者の魂にささやかな憐憫を捧げた後は初日と同じマーケットで初日と同じバカアルコールを大量に浴び初日と同じトゥクトゥクでホテルに戻り荷物をまとめてドンムアン空港へ。
後輩「だんだん偏差値下がってきたな…」
俺「元からだろ」
初日こそタイのダイナミズムに圧倒され物も言えなかった俺たちだったが、最終日のタクシー車内はさながらマーケットの様相を呈していた。あまりにも運転手が不憫だ…
後輩「何言っても大丈夫ですよ!日本語通じないんで!」
俺「だとしてもセックスはダメだろ…」
空港到着。
しかし俺たちのタイ旅行はそう簡単に終わらなかった…!
~ボーナスステージ:帰らせてください~
台風直撃で帰国不可(^。^)
仕方なくドンムアン空港で5時間待ちぼうけ。
後輩「これが天罰か…」
俺「信賞必罰じゃん…」
先輩「やっぱ財布ない…」
朝6時になりやっと飛行機が離陸。さぁ早く俺たちを日本に帰らせて…
しかしそこはまだ地獄の一丁目に過ぎなかった。
成田空港に到着するや否や何らかの不安を予期する我々。
後輩1「人が多すぎる…」
後輩2「え、電車動いてない…」
先輩「あ、そうですか…財布ありませんか…」
俺「まぁでもなんとかなるでしょ」
〜5時間後〜
…
…
…
我々は完全に成田空港に閉じ込められてしまった。
繋がらない回線、直らないインフラ、そこかしこから聞こえてくる嘆息と怒号…くぐもった絶望が孤立した要塞の中で無意味に反響していた。
後輩1「えーすごい!天罰ってほんとにあるんだ!」
後輩2「初めて救援物資貰った〜!嬉しい!みんなで食べよ!」
先輩「財布はないけど記事の依頼来たから書くわ!」
本当に絶望すべき人間たちが一切絶望してないんですが…
しかもなんとこの直後に後輩の父親がマイカーを走らせ遠路はるばる成田まで迎えに来てくださった。地獄に仏。
後輩1「他の人たちは明日まで帰れないのかな?かわいそ〜〜」
後輩2「みんなバイバ〜イ」
正直者が馬鹿を見るとはまさにこのことである。はやく死んだ方がいい。
車が環七通りにさしかかってくるといよいよ東京に戻ってきたなという実感とともにタイ旅行が終了したのだなという感慨がやってきた。
俺「なんとか無事に帰れそうだな…」
後輩「既に無事じゃないですけどね…」
〜おわりに:またタイ行きたい〜
色々あったけど近いうちにまたタイに行きたいと思った。アジア特有の粘性の高い魅力に溢れたエキゾチックな国だ。
建造物はキッチュでせせこましい一方、国民性は豪放磊落。そのうえあらゆる無駄が無駄としてそのまま存在することが許される寛容さも兼ね備える。
こんな光景や、
こんな光景も日常茶飯事である。
しかし我々はまだタイの1/10000だって知らない。だからこそもっとタイを知る必要がある。というか知りたい。タイだし。
同じアジア圏でありながらなぜここまであらゆる面で差異が生じるのか?彼らを突き動かす原資は何なのか?
そういう思索を向けるにはあまりにも潤沢な土壌を持つ国だ。
トリップサイトでタイが「中毒性の高い国!」と雑に分析されていた理由も今ならなんとなく分かる気がする。
あんまり長くなりすぎても興醒めだろうから今回はこのあたりで筆を置こうと思う。
ありがとうタイ王国。
ありがとうタイ人。
そして台風15号…お前は何?
※ちなみに今回の旅行でかかった総費用はホテル代や食費も全て合わせて5万円程度です。貧乏旅行部の皆さんは是非行ってください。