都会生活
山、川、森、空気…と海以外の自然的要素なら全て揃った哀愁と絶望の魔都長野を離れて早1週間が経過した。
ぎこちないスーツに身を包み街を闊歩する新卒社員の波に揉まれながらも何とか都会のイロハを把捉しつつある今日この頃である。
さて、長野県を離れられる歓びも束の間、私はある不安を抱えていた。
そう、隣人関係である。
私の家庭はお世辞にも上流階級とは言えず、木曜の晩に出たカレーライスが土曜の昼飯になる程度には金がない。
そういう背景事情によって私は県で運営している寮に押し込められることに相成ったわけである。
寮というのはどうしてもプライベートが確立されず制約の鎖に縛られる窮屈な空間であるという先入観がはたらくが、実際そんなことは一切なかった。
個室は1人で使うには広すぎるくらいだし、寮生も皆同県出身ゆえに田舎くたばれネタを共有でき会話も弾む。
こうして住居に関する不安は杞憂に終わった。
しかし不安は絶えない。前進は痛みを伴うものであるとはいうが、まさにこの時期こそがそれに該当するだろう。大学生活が始まった。
私が通う大学はとにかく品位を重んじている節がある。思想が絡んだ感じのサークルやら研究会が発足されれば問答無用で弾圧されると聞くし、お嬢様高校上がりのボンボンが多いので運動面でもあまり良い話を聞かない。
このように何につけてもメソテースを気取る八方美人大学なので「クソフィア」「豆腐大学」などといった蔑称がたくさんあるのは周知の事実であろう。
私は自分が個性的な人間であるといった自覚はないし、これからもそう思う気は微塵もないのだが、残念ながら自己評価と周囲評価は往々にして乖離しているもので、友人や教員、果ては親や親戚にまで「お前はズレている」といった旨の罵倒を背に受け今まで何とか生きてきた。
もちろんその罵倒の中には「お前に上智は無理」「上智の品位が下がる」「上智の女を俺に紹介しろ」といったものも含まれており、私はそれについて少しばかりは苦悩していたわけである。
だがしかしこれもまた杞憂に終わるわけである。
「哲学科はヤバい」という謳い文句は、例を挙げるならJKがSNSに撒き散らす「ウチらってマジパーリーピーポーだよね〜マジで〜」といった肥大化した自己顕示欲求と帰属欲求と選民思想が織り成す限界三重奏のようなものだと思っていたが、大学ともなると話は別であった。
哲学科はヤバい。
だがしかしこれは私を水を得た魚のように活気付かせた。例えば私が頭の中で渦巻くカオスな考えをそのままべらべらと口に出したとして、ここの学科の人間がそれを「あっそ」と片付けることは少ないし、あまつさえそれに対し何らかの賛同、あるいは批判を加えてくれるのだ。
いい学科に入ったと思う。せいぜい極端思想にドップリハマったり落単芸人になったらしない程度に大学生活を謳歌したい。
ゴミのような高校から無茶をして上京してきたが、これは正しい選択だったと私は思っている。マテリアル的にも、精神的にも、ここは私にとって最適の地である。
この地で生活できることを、高校生活においての自分の努力と何とか金を捻出してくれた親に感謝したいと思う。